翌日・・・『闇千年城』では会議が始まろうとしていた。

黒の書七『会議』

「ふああああ・・・おはようさん」

会議の間に現れた『風師』の欠伸交じりの声に

「おはようって・・・あんたが最後よ。早く席に付きなさい」

『闇師』がぴしゃりと言い放つ。

「へいへい・・・それにしてもラルフ」

「なんだ?」

「何で俺と同じ位飲んだお前が早いんだよ」

「俺が早いのではない。お前が遅いだけだ」

身も蓋もない言葉に笑うのは『光師』

「はははは!」

こんのがきゃ!

突如風が吹く。

「うわわっ!兄ちゃんいくらなんでも『シルフィード』使うなんて卑怯だよ!それなら僕も」

「『光師』、『風師』陛下がお見えだ」

あわや『幻獣王』を使って喧嘩が始まりかけたがそれを『地師』がたしなめる。

二人が改めて居住まいを正す、それと同時に『六王権』が入室してきた。

その傍らには『影』が佇んでいる。

「全員揃ったな」

「「「「「「はっ(はい)」」」」」」

「では会議を始めよう・・・と言っても基本方針はかつてと同じだがな」

「死徒と人間を共倒れにするですか?」

「正確には死徒を我々の手勢として使い人間を根絶やしにし、その後死徒を我らが滅ぼすだがな。『地師』」

「しかし、陛下。以前はその方法で俺らが死徒を率いていたら、死徒の連中が好き勝手に動いてそれで失敗した筈では?」

「そうですな。それならむしろ手勢を集めず我々だけで動いた方が良いのでは?」

「それは危険よ『炎師』。そんな事になったら死徒と人間が私達と言う共通の敵を討つ為に手を結ぶかもしれないわよ」

「そうね。いくら私達が『幻獣王』の力を有していてもそれだけの敵を相手にするのは・・・」

「やだよ僕、またみんなと離れ離れになるなんて・・・」

「そうか・・・そうだったな・・・」

「やはり危険のリスクは減らした方が良いか・・・」

「内心安易には頷きたくねえが・・・」

まだ全面的に賛成した訳ではないが、ひとまず賛同の意を伝える。

「まあ安心しろ『炎師』・『風師』。同じ事が起こらぬ様に手は考えている。操るなら徹底的にせねばな」

薄く笑う『六王権』に一礼をする『炎師』と『風師』。

「では本題に入ろう・・・今『闇千年城』は欧州上空に巧妙な結界を張り潜伏しているが、それも長くは続く筈も無いだろう」

その言葉に『闇師』・『水師』・『地師』が頷く。

現に『クリスマス作戦』時、危うい場面があったのだから。

「そこで今の内に『闇千年城』を地面に降ろすがそれに都合の良い地域を出してもらいたい」

そう言いながら机上には魔術によるものだろう。現在の世界地図を地球儀で現す。

その言葉にまず『風師』が口を開く。

「陛下、俺としてはやはり欧州ですか?ここが一番良いと思います」

「利点は?」

「やはり、死徒がこの地域が最も数が多い。手勢も容易く集められるかと」

「なるほどな・・・では不利な点は?」

いささか奇妙な事を『六王権』は尋ねる。

だがこれは常に見られた事。

彼は側近との会議を良く好み、そして一つの作戦の利点・不利点を聞き出していた。

それを判っている『風師』は淀み無く答える。

「不利な点としては教会と協会がでかい面でのさばっている場所ですので、よほど極秘裏にやらないと準備不足で衝突と言う事態になりかねません」

「それに我々に反する二十七祖もいるだろう。それにも留意をしなければなるまい」

「そうだな。で他に推す場所があるか?」

「では僭越ながら」

「ほう・・・『地師』か申してみよ」

「はっ、私としてはこの地域を」

そう言って指差したのは欧州とは海・・・大西洋・・・を挟んだ一つの巨大な大陸、『アメリカ大陸』だった。

「利点は?」

「利点としては、この地域には欧州ほど根深く教会の手は及んでおりません。故に極秘裏に動くには好都合の場所であるかと。そして不利な点としては、やはり海ですな。これによって、我々は手勢を集めるのが極めて困難となります」

「そうだな。殆どの死者や死徒は流水を克服していまい。無理に集めようとすれば容易く我々の居場所が知れ渡ろう」

「不便でございますわね。水に弱いと言うのは」

「と言うか『水師』ほど操れたらそれはそれで怖いって」

「確かにな」

「陛下」

そこに声を上げたのは『炎師』だった。

「意見があるか?」

「はっ恐れながら・・・私としてはここを」

指差されたのは欧州の正反対側、アジア方面だった。

「利点を」

「利点としては欧州ほどではありませんが手勢を集めやすく、また教会の手も欧州ほど深く伸びておりません。不利な点はやはり若干欧州とは距離がある点ですがこれも陸続きですので距離は離れていますが、『地師』の提案ほど致命的な障害にはなりません」

「なるほどな・・・」

「陛下」

そこに『影』が口を開く。

「どうした?『影』」

「『炎師』の提案でございますが・・・一つ致命的な懸念材料があります」

「ほう」

珍しく『六王権』は己が影を見る。

「面白い。言ってみろ」

「はっ、陛下、『真なる死神』はご存知でしょうか?」

「?何者だ?」

「教会より最重要手配されている人間で、判明している範囲で、『真なる死神』はアジア方面の日本と呼ばれる島国に常駐しています。そして、その後の情報が錯綜しておりますが、真祖の生き残りの姫君と二十七祖の一人を妻として・・・」

「旦那、そりゃマジか?確か死徒の姫君はその『真なる死神』が分捕っているってのは聞いたが真祖まで?」

「ああ、更にあの『万華鏡』の老人の弟子として名を連ねています」

「なるほど・・・ならばその者も我が敵となるのだろう。だが、お前が懸念材料と呼ぶのだ。まだあるのだろう?」

「はっ・・・実はその『真なる死神』・・・バロールの魔眼を保有しております」

その言葉に『六師』は立ち上がり、『六王権』すら眉をひそめて思案に暮れる。

「『影』殿・・・そりゃマジか?」

「ああ、情報が錯綜しているが、亜種の魔眼を保有している。これだけは確実な情報だ」

「亜種と言うからにはバロールの魔眼と違う点はあるのか?」

「ああ、どうやら見た物を殺す訳では無い様だが・・・詳しくはまだわからん。後、これも未確認だが、『真なる死神』は異世界の悪魔を従えているとか」

「異世界の?」

「はい、陛下。最も教会の言葉ですので何処までが真実かは不明ですが・・・ただ、協会では幻想種と見ております」

その言葉に思案に暮れる『六王権』。

「陛下?如何なされましたか?」

「いやなんでもない・・・なるほどな・・・」

「ですが、兄上その『真なる死神』がいかほどの実力とは言え、そこまで神経質になる必要もないかと」

『闇師』が控えめに苦言を呈する。

「でもエミリヤちゃん、真祖や二十七祖が複数いるなら私達も警戒しないといけないわよ」

「お前の気持ちはわかる。だが、それだけではない。あの島国にはまだ・・・『錬剣師』がいる」

「??『影』殿、今度は何者です?『錬剣師』とは」

「もしかして・・・夕べ言っていた旦那が倒したいと言っていた奴か?」

「ああそうだ」

「!」

その言葉に『闇師』が眉を顰める。

「だが、それでも人間だろ?」

「そうだな。確かに奴は人間だ。だがその人間が複数の神秘を使えるならば、警戒するに越した事は無いのではないか?」

「それはどう言う事ですか?人間にその様な事が?」

「奴は神秘を解放する触媒物を魔力で複製出来る。それもかなりの精密にな」

「・・・それは投影ですか?」

「ああ、その投影の更に一分野に特化させた奴だ」

「でもさ、投影魔術って実戦じゃ殆ど役に立たないんでしょ?だったら気にする事も無いでしょ」

「甘いぞ『光師』。奴はその役に立たない模造品で我が影の壁を一撃で消し去ったのだからな」

「ですが・・・」

更に『闇師』が何か言い募ろうとしたが、

「・・・なるほど判った。お前たちの意見を参考にして結論を出すとしよう。今回はこれで解散とする」

延々と続きそうな気配を『六王権』が断ち切る。

『はっ(はい)』









会議も終わり会議場には『六王権』と『影』が残った。

「『影』お前は『真なる死神』そして『錬剣師』を殊更警戒しているようだな」

「はい、『真なる死神』は実際に会ってはおりませんが『錬剣師』については剣を交えています。そして生易しき事で打破できる相手でない事も」

「お前がそこまで買っているのだ。警戒するべき相手と言う事は間違いないだろう」

「御意」

「それと『影』、『真なる死神』について気になる情報を言っていたな。異世界の悪魔を従えていると」

「はい」

「未確定でも構わん。『真なる死神』について判っている事を全て話せ」

「??ですが、殆どの情報は」

「それでもだ。少し気になるのだ」

「はっ・・・」

主君に促され『影』は自分で把握している情報を全て話す。

「・・・以上です」

「・・・そうか・・・判った済まぬな『影』」

「いえ・・・ですが陛下どうなされたのですか?」

怪訝な声で主君に尋ねる。

常であれば未確定な情報は耳に入れる事を嫌う彼が『真なる死神』の情報をここまで聞きたがると言うのは。

「少し気にかかってな。お前も下がって良いぞ」

「はっ、では」

一礼して後にする『影』。

「まさか・・・いや・・・ありえんか・・・」









会議室を後にして自室に向かおうとした『影』を『風師』が呼び止めた。

「ああ、旦那、ちょうど良い」

「どうした?『風師』?エミリヤはここにはいないぞ」

「そうか・・・ってそうじゃねえ!いや、似たりよったりだが・・・旦那『闇師』見なかったか?」

「エミリヤ?自室ではないのか?」

「いや、それが何処にもいなくてよ」

「何処にも?」

「ああ、庭園や『水師』の部屋にも行ったんだが」

「・・・」

急に険しい表情に変わる。

「旦那?どうした?」

「・・・影達よ!」

周囲の影が蠢く。

「エミリヤを探せ!」

その声に影の一部が千切れ四方に散る。

「それと『風師』、他の連中も呼んでくれ」

「判った」

数分後、『影』の前に『闇師』を除く『五師』が集う。

「すまんな休息中の所」

「いえ、『風師』より伺っております。『闇師』がいなくなったと」

「ああ、おおよその見当は付いているが念には念を押して影達に『闇千年城』を・・・」

言葉の途中で散っていた影達が戻って来る。

「・・・やはりか」

「『影』殿・・・影達はなんと?」

「この『闇千年城』にあいつの気配は微塵もない」

「無いとは?まさか下界に?」

「ああ、あいつの目的はおそらく『錬剣師』だ」

「ああ・・・旦那があれだけ気に掛けている奴が許せねえと言う事か・・・」

「仕方ないわねえ・・・エミリヤちゃんも」

「本当、姉ちゃんも『風師』の兄ちゃんの事言えないじゃんか」

「で、どうする?『闇師』を引き戻しに行くか?」

「無論引き摺ってでも引き戻す。万に一つ、『錬剣師』と『真なる死神』が繋がっていたとすればあいつ一人では危険すぎる」

「だけどよ旦那。あいつ『錬剣師』の顔や名前判っているのか?」

「無論判らんはずだ。だが、あいつの場合それを得られる術がある」

「そういやあったな」

「とにかく、これは俺とあいつの問題だ。お前達は待機していてくれ」

そう言うと返事を聞く前に『影』はその場を後にした。

「・・・『影』様も焦っておられますわね。私達の返事を聞く前に動かれるなんて」

『水師』が溜息をつく。

「まあそれだけ『闇師』の事が気にかかるのさ。それでは我々は」

「旦那の後をこっそりとつけるんだよな?」

『炎師』の言葉を『風師』が繋ぐ。

「おい、『風師』・・・『影』殿の命を忘れたか?我らは待機だと」

「だがよ『炎師』、その『錬剣師』って奴が俺達の敵になる可能性はかなり高いんじゃねえのか?」

「それは・・・そうだが・・・」

「だったらよ。俺たちも『錬剣師』がどういった奴は知らなくちゃならねえんじゃねえか?」

「確かに・・・『風師』の言葉にも一理あるが・・・」

更に口を開こうとした時、

「ああっ!」

『水師』の素っ頓狂な声が聞こえた。

「どうした?メリッサ?」

「大変!!『光師』が『影』様の後を追われました」

「何!全くあいつは・・・」

「まちなさーい!!」

「やむをえん。俺も行って来る。それと一緒に見させてもらおうか『錬剣師』を」

「んじゃ俺も」

「はあ・・・仕方ないか」

こうして『五師』も駆け出した。









同時刻・・・

「ほう・・・まあ『影』に依存している『闇師』にしてみれば当然か」

自室で『六王権』は苦笑していた。

ここは彼の空想具現化で生み出した城。

見ようと思えば彼は全てを見る事が出来た。

「・・・『影』が気に病む人間・・・『錬剣師』・・・私も一目見てみるか」

そう呟くと、静かに立ち上がった。

それが彼に思わぬ出会いをもたらすと知らずに。









時を戻す。

会議終了後『闇師』はひそかに『闇千年城』を抜け出して日本冬木の地に降り立っていた。

「・・・ここね・・・兄上が言っていた『天の杯』のありかは」

大きく陥没した柳洞寺跡に立つ。

「やっぱり・・・まだ魔力が漂っている。これなら十分に見れるわね・・・」

そう呟くと意識を手に集中させる。

「・・・魔力の記憶よ・・・我にその光景を見せよ・・・」

その詠唱と同時におぼろげに浮かび上がる光景。

周囲に漂う魔力の残滓より、記憶を引き出す『六師』に名を連ねてから出来るようになった彼女の技。

それは防衛体制に入る兄に突っ込む一人の男。

そして流れ込んでくる二人の会話。

「・・・お前とは長い付き合いになりそうだ」

「どう言う事だ?貴様」

「気にするな。私の勘だ・・・それよりも名前を聞きたい」

「・・・衛宮士郎・・・口がさない奴からは『錬剣師』とも呼ばれているが」

「・・・『錬剣師』・・・これほどお前に相応しい称号は無いだろうな・・・無数の剣を従える者よ・・・」

ここまでで十分だった。

立ち上がった『闇師』の表情には明らかな憤怒の色があった。

許せない。

敬愛する兄と対等な口を聞く人間が。

人間風情が兄と剣を交えるのが。

兄の脅威となるものは自分が悉く覆滅する。

「衛宮士郎・・・たいした力は見込めない・・・こんな奴が兄上のお気を惑わせるなんて・・・兄上のお手を煩わせる事も無い。私が始末してあげる」

そう呟き闇に溶ける様に姿を消した。

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